天神囃子の酒蔵「魚沼酒造」が造る「縄文の響」の物語
2018.05.28 Makoto Ootsuka
インタビュー
こんにちは、大塚です。みなさん、日本酒は好きですか?
僕は新潟に住んでから、日本酒はお猪口ではなくコップで飲む酒になりました。
さて、日本各地、どこにでも自慢の酒がありますよね。
普段から何気なく飲まれている日本酒も「酒米」「酵母」「水」「人」が違えば、味も風味も変わります。
だからこそ日本酒の深みにはまってしまう人も多いのでしょう。
今回、ご紹介するのは新潟県十日町市中条地域で造られている「縄文の響」。
地域では「天神囃子」を造る酒蔵として有名ですが、この縄文の響には「酒米」にちょっとした物語があるのです。
▲十日町ではお馴染みのラベルですね
祝い唄を冠した淡麗旨口の地酒「天神囃子」を造る酒蔵
めでたいものは 大根種 大根種
花がさきそろうて 実のやれば 俵 かさなる
花がさきそろうて 実のやれば 俵 かさなる
十日町では、宴や祝いの席で唄われる「天神囃子」という唄があります。
「大根種」も「俵」もおめでたい。それらが重なっているのだから、とにかく凄くおめでたい。そういう唄です。(多分)
この祝い唄を冠した地酒「天神囃子」は、この地域のどこの店でも飲めると言って良いほど地域に愛されている日本酒です。
これだけおめでたい唄を冠しているので、地域ではやっぱり祝いの席で飲まれています。
▲年季の入った看板がいい味を出している。
その天神囃子が造られているのが「魚沼酒造」
淡麗辛口が主流の新潟の酒の中でも「淡麗旨口」と言われる味がありながら後味はさっぱりしている日本酒を造ります。
魚沼酒造株式会社の日本酒造りは、明治6年創業、1873年から。
日本文学好きな方に伝えると、小説家の泉鏡花さんが生まれています。
どのくらい昔なのか分かりやすくwikipediaへのリンクつけておきましたので、ご覧いただいても面白いかもしれません。
今回、お話を聞いたのは山口勝由さん。数えて五代目。
落ち着きと風格がある職人肌の社長さんという印象です。
天神囃子はどんな酒なのかを聞いたところ「厚く切った刺身によく合う酒だな」ということです。
▲魚沼酒造5代目、山口勝由社長。迫力のある面持ち。
天神囃子は「米の旨味と香り」を残すことに拘り、新潟酵母と伝統を守り続ける酒蔵として続いています。
きっと、十日町を歩けば「天神囃子」と書かれた飲食店の看板をたくさん目にするでしょう。東京には、ほとんど出回らず地元で飲まれているお酒であるということです。
酒造りの工程はここで見ておいていただきましょう。
魚沼酒造の酒造り(外部リンク)
▲十日町にくれば「松乃井」と並んで、この字面をよく目にするでしょう。
そんな天神囃子を造る魚沼酒造ですが、今回お伝えしたいのは、魚沼酒造の中でも特別な1本「縄文の響」という日本酒です。
幻の酒米を使った「縄文の響」の物語
「縄文の響って名前は使ってる酒米が在来種で遥か昔からあったというのもあるけど、地域の商工会で「縄文」に関連づけた酒を出したらどうかって話になってねぇ。今、うちには他にも「縄文の恋人」と「縄文の焔」って酒もある。」
魚沼酒造のある「中条地域」には国宝・火焔型縄文土器が出土した笹山遺跡があり、いわば「縄文推し」をしているとのこと。「縄文の響」という名前は、とても良い名前ですが稲作は縄文時代にあったのでしょうか。もしかしたら、縄文時代とはいっても長いから後期あたりには稲作や酒造りはあったのかもしれませんね。
こうした酒の名前一つからも地域との繋がりも見えてきますが、この「縄文の響」には胸熱くなる物語がありました。
日本酒には、「五百万石(ごひゃくまんごく)」「山田錦」「越淡麗」といった酒米が使われることが多いのですが、縄文の響に使われている「亀の尾」は幻の酒米と言っても良いほど珍しい品種。生育が難しく、病気に弱い上に稲穂が倒れやすく酒造量を確保することすら難しいそうです。
魚沼酒造が使う「亀の尾」は地元の契約農家さんに栽培してもらっていますが、その農家はただの一軒のみ。
「一番最初は中条地域の人で、亀の尾を栽培してくれてた農家さんがいたのだけどねぇ。亡くなってしまってね。だけど、山形から種籾を持ってきて『俺が作るから』って作り始めてくれた人が出てくれたんだよね。ここで使ってる亀の尾はその一軒だけ。山地で作ってもらってるんだけど、信濃川沿いの広いところで作ると他の品種と混ざっちゃって作れないし、作るのが大変だから数が少なくてね。」
▲普通の稲穂と違い、長い毛みたいなのが生えています。
亀の尾はコシヒカリやササニシキの先祖。食用米の美味さと粒の大きさで大吟醸向きの酒米とされています。
「幻の酒米」たる所以は栽培の難しさから、戦後には作る農家がほとんどいなくなってしまったから。
この酒米を復活させようという動きがあって近年は生産量は増えつつありますが、全国的にはまだまだ少ないのが実情です。ここ魚沼酒造の「亀の尾」を支える酒米農家も今年で70歳。一度は十日町で途絶えかけた酒米「亀の尾」は、地酒を愛する人の手によって繋がれています。
「地域で飲まれる酒だから、米も水も酵母も、全部地域のものを使っている。それが新潟の酒だからね。米は地域の農家の酒米を使っている。精米の時に出た赤糠は肥料や飼料になるし、米粉は地元の企業に出してお菓子になってる。新しい商品が出来る時には小売店の要望を聞いて、開発することもあるかな。甕(かめ)に入れている『縄文の焔』も要望があってつくったんだ。地域との繋がりって言えば、そういうことかねぇ。」
淡々と語る山口社長。「天神囃子」「縄文の響」という名前を冠するだけあって世の中に流されることなく「地酒 of 地酒」を貫いている酒蔵という印象を受けました。
これからも、美味いと言ってもらえる酒を造る。ただ、それだけ。
最後に聞いたのは「これからの展望、酒蔵をどうしていきたいとかありますか?」という質問。
「いやぁ。みんなに美味いって言われる酒を造るだけだよ。」
という答えが返ってきて、「野暮な質問をしてしまったかな」と思っておりましたが、少しの沈黙のあとに続けて山口社長は、ポツリ話してくれました。
「一日の癒しになるような酒を造りたいねぇ。前にね、どこかで酒を売りに行った時に5,60歳のお婆ちゃんが酒を飲んでニコって笑ってくれたんだよねぇ。『飲んでホッとする。安心する。』と言ってくれてね。新潟の酒は二級酒…今の普通酒の品質が他に比べて格段にいい。普段から飲む酒を安く、美味く飲んでもらいたいし、そういう酒を出していくだけなんだよね。」
▲お客さんのことを思い出して笑顔がこぼれる山口社長
そう話す山口社長は、ニコっと笑ってくれました。今日、初めての笑顔です。
新潟のほんの一角で地元の酒を造り続ける魚沼酒造。
地域で唄い継がれる祝い唄と、古来の酒米を地元農家と酒へと変える愚直さ。
地酒を造る酒蔵の姿を見ることができました。
<おまけ。亀の尾の話。>
このエピソード、どこかで聞いたことがあると思ったのだが、あれですね。知ってる人は知っている「夏子の酒」。
夏子の酒:東京の広告代理店で働く酒屋の娘が、死んだ兄貴の志「日本一の酒を造る」を引き継ぐためにUターン。色々な障壁を乗り越えて「幻の酒造り」をするために、四苦八苦&七転八起する心が熱くなる名作。ドラマは新潟県の中越地域中心に撮影されているみたい。
話が脱線しますけど、十日町市を走る「ほくほく線」は1時間に1本というローカル線で駅員さんが気を利かせて駅の待合室に漫画を置いているんです。
読んだら降りた駅で適当に戻してねという適当な運用方法なので、置いてある種類や巻数はバラバラ。
日本の迷駅と名高い美佐島駅には「夏子の酒」の「3巻と5巻と12巻」が置いてあるのですが、漫画の中で描かれている「酒造りの物語」には亀の尾をモデルにしたと思われる酒米が出てきます。
これは偶然なのでしょうか。恐らく必然な気がしています。
置いてある漫画一つにも地域性は出てくるものだなぁとも思いました。
淡麗旨口の天神囃子と縄文の響。どうぞご賞味ください。

この記事を書いた人
大塚 眞 / 経営ディレクター / ライター